アミーキティア管弦楽団は、関西一円の若手音楽家により結成された市民オーケストラ団体です。

アミーキティア管弦楽団

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活動報告Report

ロンドンのアマチュアオーケストラ事情

フィルハーモニア・ブリタニカ常任指揮者ピーター・フェンダー氏へのインタビューを通じて

2015/10/12 / 記事:常盤成紀

ロンドンは京阪神エリアと負けず劣らず「アマチュアオーケストラ都市」です。 "UK Amateur Orchestras" というウェブサイトにはロンドンにあるアマチュア、もしくはプロ・アマ混成のオーケストラ、吹奏楽団、室内楽団の一覧が上がっており、その一覧から一つの団体を探し出すのは本当に大変、というくらいの団体が存在しています。

なにやら面白そうなアマオケが...

私は 2015 年 8 月に本職の用務でロンドンに出張していたのですが、その滞在中に、現地のアマチュアオーケストラの一つである、フィルハーモニア・ブリタニカ(以下、Ph.Br.)の常任指揮者として活躍しているピーター・フェンダー氏に、ロンドンのアマチュアオーケストラ事情について、いくつかお話を伺うことができました。 フェンダー氏はギルドホール音楽院を卒業したプロの指揮者で、ロンドンを中心としながらヨーロッパのいくつかのオーケストラの指導に当たるとともに、ご自身も作曲家としていくつか曲を書いている、精力的な音楽家です。 私は、さきほど紹介したウェブサイトで Ph.Br.の存在を知って同団体の活動に興味を持ち、コンタクトを取って、お会いいただけることになりました。

私が興味を持ったきっかけは、Ph.Br.が、先ほどのサイトに列挙されているほかのオーケストラと比べて、明らかに異彩を放っていたことでした。 だいたいが「弦楽器募集中」「熱意ある団員求む」「私たちは楽しく音楽をする団体です」などといった決まり文句が並ぶわけですが、Ph.Br.だけは違いました。

London's most adventurous amateur orchestra! We look to interest the reluctant concert goer by working with different art forms and removing some of the highbrow nature of classical concerts. We play music from the Baroque up to today. Amateurs & students of good standard sought. Professional leader. See website for more details.

訳:私たちはロンドンで一番大胆なアマチュアオーケストラ! 音楽に、それとはまた違ったアートの形を取り入れること。 そして、クラシックにありがちな、あの難しいことを知ったような態度をコンサートからなくすこと。 私たちは、そのことを通じて、なかなかクラシックコンサートには足を運ばないような方々にも関心を持ってもらおうとたくらんでいます。 私たちが取り組むのは、バロック音楽から現代音楽までさまざま。 アマチュアでも学生でも、上手なプレイヤーを探しています。 指導に当たるのはプロの音楽家です。 詳しくはウェブサイトで。

これを最初に見つけたときは、なんともロックなことを書くじゃないか、と思い、どうせ誰か音楽家に会うなら、このオケの人がいいな、と思って連絡を取ったのでした。

フェンダー氏とあったのは、ウォータールーにあるロイヤル・フェスティバル・ホールの中のカフェ。 日本でフェスティバル・ホールなどといった名前がついたホールなら、とても立派なものを想像してしまいますが、一見すると取り立ててきれいでもない、普通のホールでした。 ただ内装や雰囲気が独特で、日本式の建物が目指す良さとは、また違った良さを感じるところもありました。

ホール入り口 ホール入り口

ホール内の様子 ホール内の様子

フェンダー氏と会う

時間ピッタリに表れたフェンダー氏はとても気さくでいい人でした。 これは余談ですが、私はいまだに外国の方と話すときはとても緊張してしまいます。 ですが、共通の趣味を持つ者同士というのは、言語の違いがあっても結構すんなりとコミュニケイションが取れるものです。 以前メルボルンで、ダンデノン山脈交響楽団というアマチュアオーケストラのコントラバス奏者、アレックス・リチャードソン氏と話をしたことがありましたが、そのときも意外と普通に話せたことに自分でびっくりしました。 語学に苦手意識がある方は、まずは共通の趣味を持つ友人を作ることをお勧めしたいと思います。

フェンダー氏は最初に、ロンドンで開催される PROMS という音楽祭のことを話してくれました。 そこで連日行われるコンサートには若者も大勢来るそうです。 フェンダー氏によれば、クラシックのコンサートで観客があまり集まらない理由は、開演時間に大きな問題があるといいます。 ロンドンでも通常のコンサートは日本と似て午後 7 時 30分に開始するそうですが、PROMS では遅いものだと午後10時を過ぎてから開演するものまであり、もはやジャズバーのようです。 そこではクラシック音楽以外にも、ジャズやポップスなど多様な楽曲が演奏され、造りも、スタンドとアリーナがあり、アリーナは立見席という斬新なものになっているといいます。 ちなみにアリーナは 5 ポンドでは入れるそうです。

人材の課題

さてアマチュアオーケストラについてですが、ロンドンにはアマチュアオーケストラが本当に多い、とフェンダー氏はいいました。 アマチュアオーケストラの一覧で特定のオケを探すことがとても難しいということは先ほどお話しした通りです。 しかし、その理由は、どうやら奏者ではなく、指揮者の供給過剰にあるらしいのです。 この点は私たちのいる京阪神エリアとは異なるようです。 フェンダー氏がいうには、ロンドンでは、大量の指揮者が、みなめいめいにオケを持ちたがる。 だからオケがあふれている。 だが肝心の奏者、特に弦楽器が集まらない。 オケの質も上がらない。

この弦楽器不足を埋めるかのように、今後は音楽学校などで弦楽器を学ぶ人が増えることが予想されるそうですが、そうなると今度は教育における人員が相対的に不足することになり、将来的にロンドンの弦楽器奏者のレベルが落ちていくのではないか、と彼は心配していました。

ところでアマチュアオーケストラといえば、奏者が本職を別で持ちながらオケをするというスタイルのオーケストラですが、フェンダー氏が以前指導に行ったイタリアでの興味深い経験を話してくれました。 イタリアでも同じように、音楽学校などの教育機関で学生が楽器を学ぶか、もしくはレッスンを受けて楽器を習得するのですが、その後の進路として、アマチュアオーケストラという選択肢は全くなく、プロになるか、一切楽器に触れなくなるかのどちらからしいのです。 つまりイタリアでは、趣味としてのオーケストラという文化が根付いていないということらしいのです。 もしかしたらそれは彼が訪ねた地域だけのことだったのかもしれませんが、それにしても、あのイタリアで、という驚きはあるでしょう。

楽しそうなオケには客が集まる

また集客の話もしましたが、フェンダー氏がキーワードに挙げるのは、「オケの雰囲気」でした。 ミドル程度のレベルのオケでも、奏者が「しあわせ」であれば集客がよく、反対にとてもレベルが高いオケでも、奏者が窮屈に感じているオケの集客は悪いといいます。 とても抽象的な話にも聞こえますが、現実的な因果関係もあるようで、前者のオケは後者のオケに比べて、奏者が友人などに積極的に演奏会を宣伝するので、それが集客につながっているそうです。 また後者のオケは、例えば指揮者が楽団のレベルを上げようとして奏者につらく当たるなどすることが原因になっているといいます。 この話は、私たちにも時に身近に感じられる現象です。

なおアマチュアオーケストラにおける演奏会費は、ロンドンでは一般に 10,000 円ほどだといいます(5 回の練習で 40-50 ポンド)。 練習回数・本番回数には大きく分けて 2 タイプあり、ひとつは、1 年に 3 回ほど本番をやるオケで、毎週水曜日に練習をして、10 週ごとに本番、というもの。 もうひとつは 1 年に 4,5 回本番をやるオケで、本番が近付いたら集中的に練習をするもの。 なおチケット代は 10 ポンド(訳 1,900 円)くらいで、高くて 15 ポンドの値段を付けても売れるそうです。 お客様が出演者の友人だということは日本と変わりがないそうですが、このチケット収入がささやかながら楽団を支えているようです。 というのも、寄付や助成は、そもそも文化振興の制度が整っていないために、アマチュアオーケストラが受けることはほとんどないらしいのです。 ただ、何か本当に大きなイベントであったり、特にそれに「教育」が絡むものであったりした場合に、まれに助成がつくことはあるそうです。 なおこの「教育」というのは、プロ、アマを問わずキーワードだそうです。 アニフィス文化財団がまとめた報告書で紹介されていたロンドン交響楽団も、アウトリーチ活動として「交通安全教室」を開いていましたが、これもそれと関係がありそうです(音楽による交通安全教室というのは興味深いのでぜひ読んでみてください)。 ちなみに、メルボルンのダンデノン山脈交響楽団は地方銀行(インディゴ銀行)から寄付をもらっていましたよ、と紹介すると、フェンダー氏は "I hope!" と笑いながら声をあげました。

アマオケのこれから

これからの新しいパフォーマンスにはどんな可能性があるか、という話題はその日で一番盛り上がりました。 フェンダー氏は、これからの(アマチュア)オーケストラは、資金繰りのため、そしてそれ以上に社会からの理解を得るために、もっと多くの人からの関心を引くパフォーマンスをしないといけない、という考え方に強く賛同していました。 それゆえ、私たちアミーキティア管弦楽団の考え方にもとても共感してくれました。 そして、彼はこれからの構想についてとても楽しそうに話してくれました。残念ながらここで中身についてお話しすることはできませんが、その構想はどれも独創的で魅力的なものでした。

フェンダー氏が抱く構想を聞く限り、彼が、現代にあった音楽の在り方を探っていることがよくわかります。 古きものを守りつつ、どうやって今にふさわしいスタイルを築いていくか、私たちはそれに挑戦していかなくてはならない、という思いを、私は彼と共有できたように感じます。 フェンダー氏は、今からでも変えられるものはたくさんある、といいます。「時間帯、日程、衣装、曲目」。 変わっていくことを積極的にとらえている点で、彼はとても進取の気質を持った人物だと思います。 ですが「新しい在り方」を追求することは決して、クラシック音楽をクラシック音楽でなくしてしまうほどの際物になることではありません。 フェンダー氏は、あくまで自分がクラシック音楽の継承者であることをしっかりと自覚しています。 それは、かつてエドマンド・バークが考えたように、改革的であるということと、伝統を継承するということが両立しているということではないでしょうか。

イギリス音楽のよさ

最後に、イギリスの音楽の特徴を聞いてみました。一言でいうとそれは、 "mixture" (混合)だそうです。 それは何との混合かというと、民族音楽とほかの音楽との混合のことをいうようです。 イギリスの音楽は、大陸の音楽と比べると、extra burst(荒々しい・外に向けて発散する)ではなく、inter burst(内に秘めた炎)、quiet(落着き)なのが特徴で、しかしその底には passion(情熱)がある、とフェンダー氏はいいます。 それは intelligence(知的)で、決してチャイコフスキーのようではない、といいます(これは別にチャイコフスキーをバカにしている表現ではないでしょう)。 イギリスの音楽を代表する楽曲は何ですか、と私が聞くと、フェンダー氏は、ブリテンの『シンフォニア・ダ・レクイエム』、ウォルトンの交響曲第 1 番、およびヴァイオリン協奏曲、そしてヴォーン=ウィリアムズの交響曲第 6 番だと答えてくれました。 とくにブリテンはイギリス音楽の "representative" (代表者)だそうです。 もちろんクラシックといえば大陸の作曲家がすごく有名で、それは大陸の強い伝統ゆえだとフェンダー氏も認めますが、それでもイギリスにもいい音楽家がたくさんいて、たとえば近年では、セリア・マクドゥワル Celia McDowal という女性が大変素晴らしいと教えてくれました。

話を一通り終えた後、「ところでなぜうちのオケに興味を持ったの?」と聞かれたので、例のサイトの紹介文を読んだことを伝えました。 しかし、その文章を見せると、フェンダー氏はいぶかしげな顔をしていいました。 「... なんだこれは?読んだことなかったなぁ。... ああ、多分これは僕が着任する前に誰か僕の知らない人が書いたものだよ。 今はもう組織体制とか、僕が全部変えちゃったからね!」偶然の出会いとはまさにこのことのようです。

終始笑いを交えながら貴重なお話を聞かせてくれたことにとても感謝しています。 別れ際に、フェンダー氏自身が作曲し、指揮をした CD をもらいました。 帰国してさっそく聴きましたが、とても素晴らしかったです。 海を越えて応援してくれるフェンダー氏に少しでもいい報告ができるように、これから頑張っていきたいと思います。

フィルハーモニア・ブリタニカ公式サイト:http://www.ph-br.co.uk/
UK Amateur Orchestras サイト:http://www.amateurorchestras.org.uk/olondon.htm

2013 年 8 月 アニフィス文化財団委託調査
ニッセイ基礎研究所:「オーケストラのあり方に関する調査研究 報告書――もっと社会とつながるために――」 http://www.affinis.or.jp/research/info/pdf/all.pdf

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